プロジェクトマネジメントを利用した企業文化のイノベーションは、いかにして実現されたのか――。シャープ株式会社にもたらした変革の過程を、実際のイノベーションリーダーの経験談を交えながら紹介する。

改革の概要

対象事業部:IoT通信事業本部パーソナル通信事業部(現:通信事業本部)
改革内容:スマートフォン開発におけるプロジェクト管理

【本事例スタート当初の会社状況】
2012年以降、長引く低迷と出口が見えない企業変革に悩み、あらゆる構造改革策を実行するも、売上高や利益の減少は続いていた。

【TOC導入前の概要と状況】
パーソナル通信事業部は、スマートフォンやタブレット、新世代ケータイの開発などを行っている事業部門だ。事業部では開発機種の増加や、開発内容の複雑化といった年々激しさを増す市場環境に苦悶。”目の前のプロジェクト”をこなすことに精一杯になってしまい、”将来に向けた活動”に時間をさくことができずにいた。また、先の見えない不安と社内構造改革策による人員の減少により、将来に向けた活動の継続に不安を覚え、社員は疲弊しきっていた。

【改革したポイント】
・事業部門の様々な課題を発生させている根本原因の特定。
・ハードウェア部門に絞ってプロジェクト管理を変革。
・事業部門の「戦略と戦術」の繋がりの見える化。

【マネジメント改革を経て起こった変化】
・活動開始後、わずか6ヶ月で開発リードタイムが30%短縮。
・その創出した時間を今までは十分に時間を確保することが困難だった先行検討/技術検討に割り当て、魅力的な商品の開発を実現。
・品質を大幅に前倒しで向上し、量産段階での品質が安定。
・遅延リカバリーのための追加投資を大幅に削減。
・特定した根本原因に集中した変革活動によって、短期間で成果をあげた。

【マネジメント改革後の展開】
ハードウェア部門での成功経験をもとに、事業部門全体での取り組みを開始。企画部門、ソフトウェア部門、品質部門、生産部門の協力のもと、事業部門全体で効率化、最適化を実施した。

改革の詳細

マネジメント変革のスタート(2016年1月〜)

事業部門全体で 発生している「課題(好ましくない結果)」の根本原因、つまり、組織のパフォーマンスを決定づけている制約を特定。解決の方向性を定める。

【特定方法】

開発部門だけでなく、営業、企画、マーケティング、生産、調達などの全部門から代表業者が集まり、全員で「課題(好ましくない結果)」を洗い出し。「課題(好ましくない結果)」の因果関係をたどることで、それらに共通する根本原因=制約にたどりついた。

【制約の特定と解決の方向性を決定】
特定した制約は6個。その中で”すぐに自分たちで変化を起こすことができる制約”に着目し、制約を解決するための方向性を決定して活動を開始した。

制約①1年後の次機種先行検討時間が不足している
→マネジメントのあり方を変えるために「CCPM(クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント)」を導入。
制約②階層間の戦略・戦術の繋がりが見えない
→戦略と戦術の繋がりを見える化するため「S&Tツリー(戦略と戦術のツリー)」を作成。

解決の方向性のコンセプト検証(2016年1月~3月)

コンセプト検証内容:CCPMをパイロットプロジェクトに適用

【プロジェクトの課題】
・開発プロジェクトの初期検討が遅延。上流工程における仕様検討の遅れにより、下流工程で手戻りが発生し、開発追加投資や正規外作業が生まれていた。
・仕様決定の遅れにより、下流工程で品質確保に苦慮。開発遅延の影響で量産フェーズの生産ライン設備を増設するケースが発生していた。
・リソース不足により”悪い”マルチタスクが多発。
・自部門のミッションのみに注力。
・部門間に”壁”が存在していたことで、コミュニケーション不足が発生。結果、部門間での調整時間が増加し、課題解決が遅くなる傾向があった。
・責任感の強さから「課題は自分で解決」という思いがあり、上長や関係者への課題のエスカレーションが遅くなっていた。

【解決の方向性の実行】

・スマートフォン開発プロジェクトの様々なフェーズのうち、3モデルにCCPMによるマネジメントを適用し、変革をスタート。プロジェクトマネージャーとタスクマネージャーを中心に、プロジェクトネットワーク図、及び、計画工程を作成した。そこに「プロジェクトバッファ」を設定してCCPMによるマネジメントを開始した。

・毎日の朝会で”残日数進捗管理”と”課題エスカレーション”をプロジェクトメンバー全員で実施。リアルタイムでプロジェクトの遅れや課題発生状況を共有することで、プロジェクトチームとしての結びつきを強固にすると同時に、課題への徹底的な支援を実施した。またプロジェクトマネージャー主導でタスクの優先順位付けを行うことで、”悪い”マルチタスクを最小限にした。

【コンセプト検証での結果】
・タスク優先順位が明確になったことで、タスクに集中できる環境が整い始め、無駄なタスク滞留が減少。課題の解決スピードがアップしたことで、課題の停滞も大幅に削減した。
・プロジェクトに関わっている人たちはCCPMによるプロジェクトマネジメント変革の実現に少しずつ確信を持ち始めた。

解決の方向性の拡大適用(2016年4月〜12月)

活動内容:コンセプト検証の結果を受け、全てのプロジェクトに拡大適用

解決すべき制約①:1年後の次機機種先行検討時間が不足している

”今やるべきこと”と”今やるべきでないこと”を明確にすることで、プロジェクトマネージャーやメンバーがタスクに集中できる環境を整え、プロジェクトのタスク実行期間の短縮、及び、課題滞留時間の減少を実現。それによって、”新たな価値を生み出す時間”の確保を目指す。

【解決の方向性の実行1】
・全てのプロジェクトにCCPMを適用し、プロジェクトを見える化。
・トライアル期間同様、毎日の朝会を中心としたバッファマネジメント、課題エスカレーションと迅速な解決策の実行を徹底。

【解決の方向性の実行2】
・課題の先送り防止のために各フェーズでフルキット(万全な準備)を必須にした。
・フルキットの進捗状況は誰でも確認できる場所に見える化し、抜け漏れや先送りを防止。

【実行の結果】
・タスクの優先順位が明確になり、集中できるようになったことで、今までよりも早い期間でプロジェクトを完了。わずか6ヶ月で開発リードタイムを約30%短縮した。
・課題解決のスピードアップにより、タスクの滞留時間が大幅に減少した。
・短縮して確保した時間を先行検討/技術検討に割り当てることができた。
・下流工程での大きな手戻りを防ぎ、品質を前倒しで向上。生産段階における品質が安定した。

【わかったこと】
・課題エスカレーションと解決策実行タイミングの遅れが、プロジェクトの進捗と品質に影響していた。
・プロジェクト上流工程での企画、基礎検討時間の不足が、それ以降の遅延、手戻りの原因となっていた。

・下流工程で大きな手戻りや品質向上に時間を割かれていた。
・先行検討時間を十分に確保できないままプロジェクトを提案し、開始せざるを得なかった結果として、負のサイクルに陥っていた。

解決すべき制約②:階層間の戦略・戦術の繋がりが見えない

事業全体の戦略や戦術だけでなく、その戦略の背景/前提条件などを明文化し、共有方法を改善。事業部門のトップから現場まで同じ共通認識を持っている状態を目指す。

【課題】
これまで事業部、さらには部門で方針徹底会を行い、マネジメント層から現場のリーダー層、現場にまで戦略を落とし込む場を設けていた。しかし、人によって戦略の背景や前提条件、言葉の定義などのばらつきがあり、具体的に戦術を用いる現場のリーダー層は「戦略が明確になっていない」という印象を持っていた。また方針徹底会後、市場環境の変化があった場合の戦略や戦術の十分な見直しが徹底できておらず、戦略や戦術の変更に遅れが発生していた。

【解決の方向性の実行】
・”なぜこの戦略を打ち出しているのか”という大きな目標から、”組織の各部門それぞれが何を求められ、どのように達成しないといけないか”までをひと目で分かるように表現した「S&Tツリー(戦略と戦術のツリー)」を導入。
・方針徹底会の資料をもとに戦略と戦術をS&Tツリーに落とし込み、戦術と戦略の繋がりの見える化を徹底。事業部長から部門長、マネージャー、現場まで階層に合わせた戦略と戦術を定義。
・環境変化による戦略背景や前提条件の迅速な見直しを週単位で行い、その都度、事業部全体で共有した。

  

【実行の結果】
・マネジメント層、現場層での認識の差が大きく解消された。
・自分たちの仕事の目的を明確に理解するだけでなく、自分たち以外の人々の目的や目標を達成するために何をしているのかを把握できるようになった。
・部門間に戦略や戦術のズレがなくなり、同じベクトルで活動できるようになった。これにより部門を超えて事業部全体が同期。決定的な競争力を持った新商品、他社にまねされるような新商品の開発に向けて一丸となって動けるようになった。

事業部門全体への拡大適用(2017年1月~6月)

活動内容:事業部門全体へCCPMの適用

【課題】
事業の全体における最適なフローを実現し、より大きな成果を得たいが、取り組み範囲が狭く、効果が限定的になっていた。

【解決の方向性の実行】
・ソフトウェア部門、企画部門、生産部門、品質部門にもCCPMを適用して組織に全体最適されたフローを実現する。
・ソフトウェア部門ではハードウェア部門と同様に制約特定からスタートし、”プロジェクトのリードタイム短縮”と”前倒し開発による品質の大幅な向上”を目指す。
・企画部門では”悪い”マルチタスクの発生を可能な限り抑え、コンセプトワークから提案の時間を確保することで、”さらに決定的な競争力を持った商品を生み出す”ことを目指す。

【実行の結果】
・ソフトウェア部門では、開発リードタイムを大幅に短縮。さらにお客様指摘件数を20%削減したほか、バグ収束タイミングの25%前倒しを実現した。
・企画部門では、従来よりも1.5ヶ月早くコンセプトワークに着手。技術検討機関も2ヶ月確保することに成功した。
・従来の部門や業務の”壁”を超え、各々が全体最適の視点で業務を支援しあうことができるようになった。

TOCを導入した現場の声

変革を体験したシャープ推進リーダーが感じたこと

継続的な改善が必要。個人を責めることなく、組織として課題に対応することが大切だと感じました。タスクが遅れている場合は遅れる「理由」が必ずあります。その理由が何なのか、なぜその理由が起こったのかを分析することで、組織の改善ポイントを特定することができました。
また影響が大きい課題から優先的に解決することで、効率よくプロジェクトマネジメントを改善。さらには、組織のスループットを増大することができました。
本活動をきっかけに、各部門に任されたミッションは違っても、各部門共通の目的に向けた取り組みは確実に実を結びつつあります。結果が見えて来たことで、各々が全体最適の視点を持って仕事に取り組んでいおり、部門の枠を超えた活動が加速しているのだと改めて実感しました。

マネジメント自体が変わることが、 組織マネジメントのイノベーションの第一歩だと思いました。

特別インタビュー

弊社のコンサルティングを体験していただいたシャープ担当者様へのインタビュー。TOCを使ったプロジェクトマネジメントに対して思ったことや、イノベーションが起こる過程で感じたことなどを話していただきました。

【第1回】どのようにして組織の文化を変革していったのか?

通信事業本部 パーソナル通信事業部
回路開発部 部長 宮内裕正 様
>>第1回インタビューはこちら

【第2回】TOCの導入により、組織の何が変わったのか?

通信事業本部
本部長代行
中野吉朗 様
通信事業本部 パーソナル通信事業部
副事業部長 八塚康史 様
>>第2回インタビューはこちらから

Management Innovation 2017 発表資料

AQUOSスマートフォン事業におけるマネジメント・イノベーション
(シャープ様ご発表資料/2017年9月)
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