浮世絵に見るプロジェクトマネジメントの真髄

多くの方が北斎の「尾州不二見原」という作品をご覧になったことがあるのではないかと思います。富嶽三十六景シリーズの数ある作品の中で、最西端の尾張から富士を望んだ作品です。その幾何学的な構図について色々と感想を述べられるほど高尚な芸術センスは元来備えておりませんが、ふと浮世絵の制作工程とプロジェクトマネジメントを重ね合わせた時、そこにいくつか感ずるところがありましたので僭越ながらご紹介致します。

 

 

 

 

 

 

尾州不二見原(びしゅうふじみがはら)/葛飾北斎『富嶽三十六景』

先日、近所のミュージアムで開催された北斎展で『富嶽三十六景』と『富嶽百景』全ての作品を約4時間かけて堪能してきました。これらのシリーズ画の中で描かれた「当時の人々の生活、生業と富士」、あるいは「繊細に描かれる主人公とそれを包み込む大地や空」、これらのコントラストが作品として大変魅力溢れるものだったことは言うまでもありません。しかしながら、私はむしろ、それらの作品が制作されていく過程にこそ「美しさ」を感じた訳です。熟練された技術を惜しみなく作品に注ぎ込んでいく浮世絵職人達の「汗と息づかい」が、約180年の時を経て生き生きと今にまで伝わってくるような感覚に襲われるのは私だけでしょうか。
ところで、浮世絵が「木版画」であることは、実は意外に知られていないのかもしれません。その制作工程は「下絵を描く」、「版木を彫る」、「紙に摺る(する)」という三つの基本プロセスに分かれ、それぞれが「絵師」、「掘り師」、「摺り師(すりし)」と呼ばれる専門家によって分業化されています。

 

絵師は、「版元(はんもと)」と呼ばれる、言わば「広告主」の企画や意向に沿って版下(下絵)を描きます。カラーであれば色毎に版木を用意し、そこに摺り師が顔料を乗せ、繊細かつ微妙な加減で重ね摺りを行います。「ぼかし」などはまさに摺り師の腕の見せ所となる訳です。色数を増やせば材料費も手間も増えてコストが膨らみますから、版元である地本問屋などは、絵師の力量や知名度、そして描く内容などに応じた売上を予測した上で作品の仕様を決定していくのですが、これはまさに「プロジェクト」そのものと言えます。

我々の専門分野の一つであるプロジェクトマネジメントの世界では、「不確実性」という言葉をよく用います。不測の事態は必ず引き起こされる、それが現実であるということを受け入れ、「不確実性」というものを大前提としたマネジメントのあり方と新しいパラダイムを提唱しています。詳しいお話については、弊社コンサルタント陣が講師を務めるセミナーに足をお運びいただければ幸いですが(http://toc-consulting.jp/seminar/)、私はこの「不確実性」の捉え方について、少し違った角度からの理解を試みてはどうかと考えています。

プロジェクトの主人公はあくまで「人」です。立場や役割の違いこそあれ、そこに関わる全ての人々が主人公でなければ、決して幸せであるとは言えないのではないでしょうか。一般的に「不確実性」とはネガティブなイメージにばかり捉えられがちですが、私はこの「不確実性」こそ「可能性の塊」ではないかと考えています。一歩先の未知なる可能性を個々が自律的に追求し、全く新しい可能性を引き出せるかどうかは、結局のところ「人」次第なのではないでしょうか。一枚一枚摺り上げられていく浮世絵には、決して全く同一と言えるものはなく、それぞれに味わいのある作品に仕上がっていきます。「版元」の意向を汲み、「絵師」、「掘り師」、「摺り師」、それぞれのエキスパートが「出来上がりイメージ(青写真)」をしっかりと共有することで、このプロジェクトにとってのプライオリティ(優先順位)を即座に判断するための一本の軸が通されるのではないでしょうか。彼らは個々が自立したプロであるからこそ、「不確実性」をむしろ楽しみながら、与えられた諸条件の中で最高のパフォーマンスを発揮して作品を仕上げる訳です。創造性という観点では、この「楽しむ」という姿勢が、経験上ではありますが、非常に重要な要素の一つであると確信しています。また、あらゆる産業におけるプロジェクトもそのようにあって欲しいと切に願います。

TOC事業本部TOCコンサルティング部 部長代理 向井 貴之


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